2017.8.26 静岡 【妙雲寺 渭伊神社 蜂前神社】
前回の続き。今回も大河ドラマをご覧になってない方には、何のこっちゃって内容です。
龍潭寺、井伊谷宮、伝説の井戸を回った後、車に戻り次の目的地を目指します。
意外と近い距離にある妙雲寺。
車を浜松市地域遺産センターに停めて徒歩で向かいました。
こちら、普段は閉まっているお寺なんだそうですが、大河絡みで平成30年1月14日までの土曜、日曜、祝日のみ拝観できます。
父 直盛公が桶狭間の戦いで亡くなったことを受け、直虎が父の菩提として建てたもの。
当時は自耕庵と呼んでいたそうですが、直虎の死後、法名『妙雲院殿月舩祐圓大姉』にちなんで妙雲寺と改められたそうです。
外観はとてもお寺とは思えず、中もとても公民館チック。地元のおそらく檀家さんが案内してくださいます。
直虎そして南渓和尚のご位牌が祀られている妙雲寺。南渓和尚の肖像画(本物らしいです)も展示されています。ご位牌の横には、南渓和尚を演じている小林薫さんが猫を抱っこしている穏やかな顔の写真もあり、まるで小林さんのご位牌のよう…。(中は写真禁止でした)
妙雲寺からちょっと歩くと渭伊神社があります。
手水舎はとても綺麗に整備されていましたが、神社本宮はとても歴史を感じる佇まい。
何も調べていませんでしたが、神社の奥手から登ったところに何やら遺跡のようなものがあるらしく、案内されていますが見て見ぬ振り…。いや、この日も暑かったので…。
お参り後、『御朱印→』の方へ行ってみるとびっくり。本殿のすぐ横の扉から宮司さんにお渡しするシステム。本殿の横にテーブル出してそこで御朱印書いていただけるようです。
御朱印帳をお渡しすると「上には行かれましたか?」と聞かれたので(「やべっ…やっぱり行かないとダメか…」)と心の中で囁きながら「いえ、まだです!」と答えると、「書いておきますので、その間にどうぞ。荷物もこちらに置いて」と丁寧に案内していただきました。
ならば、いかねば。お言葉に甘えて山登りマス。
天白磐座(てんぱくいわくら)遺跡。
途中までは階段のように作ってありましたが次第に獣道。
その先は、スゴイ!幻想的な世界。
写真じゃ伝わりにくいでしょうが、岩と木に圧倒されます。古墳時代には既に祭祀場として使われていたとされる天白磐座。いゃぁ、行ってよかった(笑)。
山から降りると御朱印も出来ていました。(山を登る、降りると言っても、片道1〜2分です)
渭伊神社を後にし、車を停めさせてもらっていた浜松市地域遺産センターに戻ります。
ここでは、大河ドラマにちなんで『戦国の井伊谷』という展示が行われています。
大国に挟まれる地理条件が故の、まさに激動の戦国時代を歩んだ井伊谷を細かに解説してある、見応えある展示でした。プロジェクションマッピングもよかった。
こちらで案内されている方とちょっとお話し出来たのですが、8/20の直虎の放送後、やはり政次の供養塔を訪ねたいという方が後を絶たないそうです。
まさかあんな展開で最期を迎えるとは、地元の方も思っていなかったようで、政次ブームもまさかの出来事。供養塔までを案内できる紙資料がとても間に合わず、大変だったとか。わたしも、井伊谷の案内地図に手書きで場所を書いてもらい、行ってきました。
いくつかのお墓のような石(?)が並んでいる中、すぐに政次のものはわかります。
お花が手向けてあるから。私が来た時はたまたま誰もいませんでしたが、その後続々と人が訪れ手を合わせていらっしゃいました。
ここからは、ちょっと離れたところにある蜂前(はちさき)神社へ。
ここには直虎唯一の花押が所蔵されている神社。平日は無人のようですが、週末は地元の方達で管理されているようです。
またこちらでもちとお話しを。
ドラマでは政次は井伊家を守るために裏切ったように見せる描かれ方をされていましたが、私は実際のところは本当に裏切ってたんじゃねーのかな…と思っています。そこのところを聞いてみると、地元の人が食いついて来ました。
「あれはね、本当はね、裏切ってたね」と、まさに見て来た、聞いて来たかのような口ぶり(笑)。しばらく、その辺りの逸話について聞いてました。
御朱印は手書きのものと、花押と井伊の赤備えのコラボバージョンの2種類。セットで¥500-。
迷わずセットでお願いしました。
衝動的にやって来た浜松の井伊谷。
かなり充実した1日でした。