2018.5.1 〜5.4 京都【宝泉寺禅センター】
5/1、大阪を後にした私は、京都へ向かいました。京都駅からさらに西へ。嵯峨野線に乗り換えました。平日とはいえ、GW中ということもあって、超満員の電車。半分以上のの乗客は嵯峨嵐山で降りていきますが、わたしはまだ先へ。馬堀という駅で降り、歩いて20分ほどの宝泉寺禅センターが目的地です。
この日から5/4までの3泊4日の基本修行に参加してきました。
たまたまネットでお寺での修行のページに行き着き、宝泉寺を知りました。さらに修行についてブログで紹介されているのを見てると、自分も挑戦してみたくなり今年のGWのメインプランに組み込みました。
3泊4日、色々ありましたが、かいつまんでご紹介します。ちなみに写真は一切ありません。
ご参考までに 修行案内 - 宝泉寺禅センター
【初日】
14時過ぎにお寺に到着し、受付。この日の受付は私と女性の2人のみ。
ビデオを見てお寺での作法を学ぶ。が、一回見ただけじゃ覚えられません。お寺の中を案内してもらい、自由時間。ジャージに着替え、既に修行中の方にご挨拶がてらお話。食事中の正座がかなりきついらしい。
17時の夕食前に禅堂にて約15分の坐禅。私はまだ正しい坐禅を知らないので胡座で良いとのこと。自分のお椀とお箸のセット(これを持鉢という)を持って食堂へ。夕食と朝食はとにかく厳しい作法があります。
◉ お椀とお箸を並べるのにも手順が
◉ 食べる時には喋るのはもちろん、音を立ててはならない。鼻をすするのも注意されます。
◉ たくあんを一枚だけ残して食べ終わったら合図があるまでじっと正座。
◉ 回ってくるお湯をお椀に注いで、このお湯とたくあんを使ってお椀とお箸を洗う。その洗い方にも手順があり、前の人を見て見よう見まねで。洗い終わったお湯は最後に一気に飲み干す。滞在期間はこのお椀をずっと使います。
かなりかいつまんでますが、食事はざっとこんな感じ。やはり正座がかなりキツイです。そして、何よりも食事が美味い‼︎精進料理なのに、色々と工夫されてて時間さえ許せば、もっと食べたいが…正座がキツイ。
この後、この日は和尚さんの法話をいただきました。そして今日から参加の私を含めた2名は坐禅の講習。他の方は坐禅中。最後だけ私たちも加わり、気を落ち着かせます。
坐禅の後は消灯まで自由時間。予約してたシャワーの時間に汗を流し、就寝の準備。22時には灯りは消されます。寝られるか不安でしたが、あっという間に落ちてたようです。
【2日目・3日目】
朝、5時30分前に起こされて身支度を整えます。最初の日課は八段錦と言われる太極拳。坐禅と同じ呼吸で身体を起こします。キツイ動きは全くありません。
そして禅堂に戻り、朝の坐禅。25分×2セット。
本堂に行って朝のお勤め。般若心経以外は初めて聞くお経ばかりでしたが、スピードが速くてどこを読んでるか一度見失うと元に戻るのが大変でした。
読経が終わると、全員でお寺の敷地内のお掃除。私は3日間、禅堂のお掃除でした。
この後、ようやく朝食。朝はお粥が出ます。夜と同様、作法はきっちり、正座もバッチリでいただきます。朝もおかずが美味い!もっと食べたいけど、朝も正座がキツイ。
朝食後、軽く休憩を挟んで、作務の時間です。お寺の敷地内の草刈りや畑仕事など、お寺の仕事をお手伝いします。私は敷地内の落ち葉拾い担当。
昼まで作務を続け、昼食です。昼食は厳しい作法なしで楽しく食べれます。これまた美味い‼︎デザート的なものもあったりして、楽しくいただけます。
宝泉寺さんの料理は下調べの段階で美味しいと好評だったので楽しみにしていましたが、予想以上。私が期間中にいただいた8回の食事全てが美味しかったです。精進料理とは思えない料理もありました。
しかも、朝と夜は正座の苦しみもあって、少量しかいただけませんでしたが、不思議なことに空腹にならない。人ってそんなに食べなくても大丈夫なんだなぁって、他の参加されてる方と話してました。
昼食の後は約4時間の自由時間。この時間は何してもOK。私の場合、2日目は雨も降っていたのでお寺で本読んだりしてまったり。3日目は嵐山に行ってみました。この模様は次の記事でご紹介します。
自由時間の後は夕食。ここからは初日とほぼ変わりません。和尚さんの法話の時間は坐禅。坐禅って、正式な足の組み方をすると慣れてないと結構キツイですが、楽にできる方法も教えてくださいます。この形がハマれば、結構楽に集中出来ます。これがわかるのは3日目の夜の坐禅でした。そして坐禅の時の呼吸・丹田呼吸は戻ってからも様々な場面で使えます。私は使ってます。
【4日目】
最終日は朝食までいただいて下山の準備をします。費用はお布施として納めます。最後、まだ修行を続ける方が作務の前に、皆さんの前で一言お礼を言って終了。
宝泉寺さんでの修行、とにかく普段の生活がいかに無駄なものだらけなんだと教えていただきました。食事の作法や正座、そして坐禅と、修行ならではの厳しさももちろんありますが、終わってみて3泊4日では物足りない気もします。私はまだ続けられる、続けてみたいと感じました。また、私達短期修行の面々のお世話をしてくださる常住のスタッフの方々も皆さん良い方ばかりで、修行なのに楽しく過ごせる一面もありました。最後の挨拶の時に私は「また必ず来ます」と宣言したので、予定さえ合えばまた学びに行きたいと考えています。
修行を終えてから一ヶ月。すでに無駄だらけの生活に戻っている私でした😨
2018.5.1 大阪 【生國魂神社 豊國神社 大阪城】
関西ひとり旅 5日目。大阪にいます。
てか、この日からもう一ヶ月以上経ってるんですね。薄れ行く記憶をたどりながら…。
この日は午後から京都に向かうため、午前中だけの散策です。ホテルをチェックアウトし、荷物を難波駅のコインロッカーに預けて歩き出します。難波から地下を日本橋まで歩き、地上に上がってたどり着いた生國魂神社の参道。
現在の大阪城付近に建立された神社を秀吉が大阪城を築く際に移築させたものなんだそうです。広い敷地の中に、本殿のほか木々の生い茂る中に摂社、末社が多く見られました。
痛恨のミスで本殿の写真撮り忘れ。でも、数多くある摂社末社の写真はしっかり全部おさえてる。どうした、俺。
淀殿も信仰されたと言われる鴫野神社。
鯉のいる池の奥に祀られた精鎮社。
大阪城の守護神として祀られた城方向(きたむき)八幡宮。天照大神が御祭神の皇大神宮。
お馴染みの住吉神社や天満宮など、とにかく神様だらけ。GW中とはいえ、カレンダー上は平日だったからか、朝は人も少なくゆっくりお参りできます。
御朱印もそんなに待つことなくいただけました。
生國魂神社からお次は地下鉄、そしてJRに乗り換えて大阪城方面に向かいました。降りた駅は森ノ宮。大阪城の麓にある豊國神社を目指します。大阪城公園に入ると遠目に大阪城が。この日は快晴で暑いくらい。出来るだけ涼しそうな所を選んでたどり着いた豊國神社。大阪の『豊國神社』は「ほうこく」。一年前にお参りした京都の『豊国神社』や名古屋にもある『豊国神社』は「とよくに」と読む。何れも秀吉を祀ることには変わりありませんが。
大阪城公園を歩いている時は、人の多さを感じていましたが、豊國神社まで入るとひっそり。そしてそびえる豊臣秀吉公像。これは大阪城を眺めてるのかな?実はこれ、2007年に造られたもの。かつてあった像は戦争中に金属提供で無くなってしまったとか。秀吉の像まで提供しないといけないなんて💢戦争反対‼︎
それにしても、戦国武将の銅像のある場所を訪れる時は、どうもタイミングが悪い。一月に行った岡崎城の家康公像もそうでしたが、太陽の位置が悪くて顔がはっきり写せない😩
御朱印をいただき、大阪城にも足を向けてみます。これまでの経験で、どうせ近くに行くには料金が必要だろうから、どこまで近くに行けるか試しに行ってみよう。あれよあれよと進むうちにあら、こんなに近くまで来ちゃった。やるな、大阪城。気分も良くなってまだ11時になったばっかりなのに飲んじゃいました🍺なぜって?そこでビール売ってたから。
さっ、この日は遊んでばかりはいられません。この後、京都に向かいます。
修行の日々が待っています。
2018.4.30 大阪 【堀越神社 住吉大社】
関西旅 大阪編 初日 その3
四天王寺から南下して、電車に乗って住吉大社に向かうことにします。
するとその途中、ピックアップしていなかった神社を見つけます。のぞいてみると参拝されている方もいらっしゃったので、何の情報もないまま足を踏み入れてみました。
こちら、堀越神社。後で調べた情報ですが、この前にお参りした四天王寺建立と同時期に聖徳太子が建立したとされる歴史ある神社でした。大通りに面している神社ですが、緑豊かな閑静な雰囲気を醸し出しています。大阪では「一生に一度の願いを聞いてくれる」との言い伝えがあるそうで、小さなお宮ですが、参拝の方も多数。一生に一度って…なかなか難しいです。普通に「いつもありがとうございます」ってお参りしました。
境内にはお稲荷さんも祀られていました。かなりのパワースポットとして有名な神社のようでしたが、いかんせん情報ゼロで伺ったもので…。誰よりもサクッとお参りして御朱印いただきました。次に伺う機会があれば、もっと散策してみたいと思います。
堀越神社からさらに足を伸ばして、あべのハルカスの足元、阪堺電車の天王寺駅前駅へ。駅の名前が駅前駅って、なんか不思議。そして、大阪に路面電車が走ってるって初めて知りました。その路面電車に乗って20分弱。住吉鳥居前駅で降りると、そこはまさに住吉大社鳥居前。駅到着時点で15:30。急げぇぇ~。住吉大社の象徴、太鼓橋を渡ります。頂上は予想以上に高かった。全国に2,300社もある住吉神社の総本山 住吉大社。本殿は四つに分かれています。奥から第一本宮第二本宮そして第三、第四本宮。お参りの順番は決まってないそうなので、私は手前の第三から第四→第二→第一本宮の順番でお参りしました。
この重厚な本殿群の周りに末社がいくつか祀られています。末社のある方へ行くと、一つの門があります。その門は16:00に閉まってしまうらしく、係りの方が「もうすぐ閉まるよぉ」と言わんばかりの顔で立ってましたが、突破。あと15分くらい。
まず見つけたのは、五所御前。住吉大社の御祭神、住吉大神が降臨した地なんだとか。そしてこの囲いの中を一生懸命見てる人たち。囲いの中には玉砂利がいっぱいあって、その中から『五』『大』『力』と書かれた石を見つけると、願いが叶うそうです!
よし、時間ないけど探すぞー!
隣で探してたおばちゃんは、「ないない」言いながら結構な時間かけて探してるみたいでした。こりゃ難しいかなぁ…。
2分でコンプリート。まだ探し続けてたおばちゃんを置き去りにして先を急ぎます。
こちら、楠珺社(なんくんしゃ)。商売繁盛の初辰参りの中心的な神社で、猫がいっぱい。招き猫は左手が人招き、右手が金招きと言われ、奇数月は左手、偶数月は右手を上げた招福猫を求めるといいそうです。
ここお参りしてタイムアップ。係りの方が門に手をかけて今にも閉めそうなところをくぐり抜けて授与所に向かいました。御朱印をいただきます。
そしてもうひとつ。先程探した五大力の石を入れるお守り袋。願いが叶えば、近所で探した小石に同じように『五』『大』『力』と書いて、お守り袋と共に倍返しにしてお礼参りするそうです。巫女さんから「お願い事をしながら石を入れてくださいね」って言われたけど、特に無いしなぁ。気づけば「お金、お金、お金」って唱えながら石を詰めてる私がいました。悪い顔になってなかったか、心配です。正しい紐の結び方がよく分からなかったので、巫女さんにお願いして結んでもらい、五大力御守りの完成‼︎短時間ながら自分で見つけた石を本格的な御守りにできるこのアトラクション。気分良くなるのでおススメです。
そういえば、あのおばちゃんは三つの石、見つけることができたのでしょうか?まっ、いいか。
2018.4.30 大阪 【一心寺 安居神社 四天王寺】
関西ぶらり一人旅 in 大阪 ②
通天閣を横目に、天王寺動物園ではフェンスの隙間から動物が普通に見えることに驚きつつ、たどり着いたのは一心寺。
戦国時代、大阪の陣で家康が陣を構えたとも言われるお寺です。
山門の仁王像は平成9年建立のかなり前衛的なスタイル。っていうか、普通のお寺だと思ってたのに、人が多すぎる‼︎何故に⁈
骨壷を持った方もいらっしゃるし、法要の受付には長蛇の列。どうやら、お施餓鬼の法要が殺到しているようです。また、この一心寺では納骨されたご遺骨を10年ひとまとめにしてお骨佛を造ることでも有名なようです。
こちら大本堂。中では次から次に法要が行われています。そして納骨堂。この前にたくさん人がいるから、檀家さんばっかりかなぁなんて思ってました。
御朱印いただこうかな…と思い、朱印所を探します。案内所は長蛇の列。そこに御朱印帳持ってる人はなく、プラプラしてると隅っこに“ご朱印”の文字発見‼︎寺務所で御朱印いただけました。
ごった返してる一心寺からお向かいに位置している神社に向かいます。安居神社です。真田信繁の戦死の地として知られるお宮です。もともと少彦名神が祀られていたお宮ですが、菅原道真が大宰府に流される際に休憩を取ったことから菅原道真も祀り、安居天満宮とも言われています。なので撫で牛もあります。小さなお宮ですが、やはり真田信繁。徳川陣をギリギリのところまで追い込んだ信繁の最期の地。あぁ、真田丸思い出すなぁ。御朱印にも真田幸村戦死の地とあります。
お次に向かったのは歩いて10分くらいの四天王寺。
大阪に天王寺区って所があるって事は知ってましたが、あんまり四天王寺についての予備知識ないままお参り。敷地内にはテントがいっぱい出されて、古本まつりが開催されてました。
593年に聖徳太子が創設したという四天王寺。日本仏法最初の官寺、国から経済的保障を受けるお寺だったそうです。
五重塔、金堂などの中心伽藍の拝観は有料。入っては見たものの、中は改修工事が始まったばかり。足場が組まれ始めてました。五重塔は完全に覆われてましたが、中に入って上まで登れるシステム。只々、疲れました。
敷地がとにかく広い四天王寺。
北鐘堂
こちら池の上に作られた石舞台とその奥の六時礼讃堂。太鼓楼。亀井堂
とプラプラしてると館内放送が。絵堂にて法話が行われるとのこと。絵堂とは聖徳太子の一生と数々の伝説が絵画として壁一面に描かれているお堂です。この絵の解説を僧侶の方にしていただけるとのこと。お堂に座って待ってると、一人の僧侶の方が準備を始められました。ん⁇どっかで見たことある。‼︎ぶっちゃけ寺に出てたお坊さんだ‼︎その加藤さん(敬称をなんとお呼びすればいいかわかりません)による、とてもわかりやすい聖徳太子絵伝の解説でした。こんなお土産もいただきました。絵葉書です。
かれこれ一時間くらいお話を伺ったので、四天王寺を後にします。その前に御朱印も。スタンダードと、折角なので聖徳太子バージョンも。
この後、天王寺からちょっと離れた神社を目指します。
つづく
2018.4.30 大阪 【難波八阪神社 敷津松之宮・大国主神社 今宮戎神社】
関西お参りの旅は大阪に入りました。
難波のホテルを拠点にした私は朝早よから動き出しました。最初の目的地は難波八阪神社。
起源は平安時代にまで遡ると言われる難波八阪神社のハイライトはこちら獅子頭の舞台。大きく開けた口から万人の苦難を飲み込み、人々に幸福をもたらすとされています。目はライトに、鼻がスピーカーにもなってるようです。
こちら本殿。主な御祭神は京都の八坂神社と同じく素戔嗚尊、奇稲田姫命と、八柱御子命。本殿、そして獅子頭の舞台はいずれも昭和49年に建てられた比較的新しいもの。本殿の中では、結婚式の打ち合わせっぽい事、されてました。
お次に目指したのは今宮戎神社。が、大通りまで出て南下してると、ピックアップしてなかった神社を見つけました。大国主神社です。大黒様がお迎えしてくれる大国主神社。実は敷津松之宮がメインのようです。大国主神社は敷津松之宮の摂社という位置付け。もう一つの鳥居は敷津松之宮の鳥居でした。ですので、こちらの表記として正しいのは『敷津松之宮・大国主神社』になるようです。
が、地元でもご利益を求めて来られるのは大国主神社のようで、宝くじが当たる神社として有名なんだそうです!
まずはお参り。敷津松之宮本殿。大国主神社。よく見ると狛犬でなく狛鼠。拝殿の中にはふくよかな大黒様を拝めます。
御朱印は社務所にて。御朱印と一緒に大国主神社で人気のお守りも所望します。こちら種銭。こちらを財布に入れておくと、それはもう、お金がザックザクと…。そっと財布に忍ばせております。
御朱印をいただき、何気に絵馬を眺めていると、⁇ これ、未来から来た人なのか?
お次に徒歩10分くらい、今宮戎神社へ。
大阪の商売の神、えべっさんとして親しまれている今宮戎神社。聖徳太子が四天王寺を建立した際、西方の鎮護のために祀ったのが始まりとされる、歴史ある神社です。まずは本殿にてお参り。その後、本殿周囲をグルッと回っていると、⁇裏にもお賽銭箱がある。社務所で聞いてみると「正確なことは分からないが」という前置きしつつ「大阪の人はせっかちやから、表から拝むのも裏から拝むのも一緒って事で出来た」と巫女さんに教えていただきました。へぇ~さすが大阪。今宮戎には他にお稲荷さんと大黒さんも祀られています。
今宮戎神社を後にし、通天閣を横目にお次のお参りに向かいます。
つづく
2018.4.29 奈良 【與喜天満神社 法起院】
関西遠征 奈良編 桜井市 その2
長谷寺を後にすると、参道は来た時より賑わいを見せていました。そんな中、奈良漬のお店で試食してみたら「うめぇ!ご飯が欲しい‼︎」自分家に買っても食べずにダメにしちゃうタイプなので、実家に送ってあげました。
参道の途中に神社の案内を見つけます。與喜(よき)天満神社。ここから8分とあります。誰もそっちに足を向けていませんが、お参りに向かいます。
結構な階段です。あの鳥居の奥に本殿があるのかな?
鳥居の奥もまだ登りか。
えぇ⁈先が見えないんですけど…。
まだ登りますか。
やっと着いた(゚o゚;; 本殿前にも階段が…。
この與喜天満神社のある與喜山は天然記念物なんだそうです。菅原道真公を祀る、日本最古の天神社、與喜天満神社。“よき”なだけに“良き”として受験生にも人気なんだとか。
帰ってから由緒書きを見て知ったのですが、日本初の天照大神降臨地として本殿の隣に祀られているそうです。この日、暑かったのと階段登りで疲れたのと腹も減ったので本殿にお参り後、即下山してしまいました。下って行く途中に社務所があったので覗いてみると『ただいま外出してます』の張り紙があったので、こちらの御朱印はなしです。
また参道に戻ると、小さいながらも人で賑わっているお寺がありました。法起院さん。735年に創建され、1,695年に長谷寺の塔頭として再建されたお寺です。西国三十三所観音霊場巡りを始めた徳道上人をご本尊としています。こちらの石塔が徳道上人の廟所。その周りは西国三十三所観音霊場巡りのお砂ふみが出来るようになっています。
その他、弘法大師、馬頭観世音を祀るお堂、弁財天を祀るお堂もあります。
御朱印をいただくにも多少の行列です。
法起院を後にし、参道途中にあるお店でざる蕎麦と巻き寿司のセットを食し腹ごしらえ。そのまま長谷寺駅に戻ります。この日のお参りは終了。電車で次の目的地、大阪へ向かうのでありました。
2018.4.29 奈良 【長谷寺】
関西ひとり旅日記、ようやく3日目です。
3日目の目的地は桜井市です。
この旅の数日前、ネットのニュースか何かで長谷寺のインスタが紹介されていました。それからインスタユーザーではないのですがインスタの写真をちょくちょく見るようになり、是非お参りしたいと今回の予定に組み込みました。
近鉄沿線に最寄駅がありますが、乗り換えが必要です。
所要時間はおよそ1時間です。
この日私は長谷寺駅に9時過ぎに到着。同じ目的で下車した方も多数。みんなで同じ方向へ歩き出します。
駅から古い住宅が並ぶエリアを抜けると、お土産屋さんなどが並ぶ参道へ。駅から20分ほど歩くと長谷寺に到着します。
この日は天気が良過ぎました。雲ひとつない青空が朝から広がります。
長谷寺は『花の御寺(みでら)』と呼ばれ、一年中花の絶えることのない事で知られています。お寺のインスタでもセンス抜群のお花の写真をアップされています。
まずは拝観料を納めます。入山料と特別拝観とのセット、さらに観音様の大掛け軸も御開帳されているのでそちらも拝ませていただこうと、合わせてお納めました。
立派な仁王門をくぐると、そこから長谷寺の見どころの一つ、登廊がスタートします。長谷型灯籠が吊るされ、雰囲気のある登廊は399段。GW初日ということもあって朝早くから沢山の参拝の皆さんがいらっしゃったので、誰もいない登廊の写真は無理かなぁ…と思いながら登っていると、本堂前最後の登りでキター(≧∇≦)一瞬誰もいなくなり、急いでシャッター!
そして本堂前に到着です。
長谷寺の御本尊は十一面観世音菩薩。近江の楠の霊木から三日で造り上げたと言われる観音様。10mを超える立像は圧巻の一言。両脇に難陀龍王と雨宝童子が仕えています。
山の中腹の断崖絶壁に懸け造りで建てられている長谷寺には舞台があります。ここからの眺めが最高です。今は新緑鮮やかでたまりませーん‼︎どんな賞賛の言葉も安っぽく感じてしまいます。
お次は、本堂の脇から特別拝観に挑みます!長谷寺では今、本堂の普段は立入禁止エリアに入って、御本尊の十一面観世音菩薩様の真下から見上げ、お御足に触れることができます。これまでどこ行っても写真はまだしも触るのも憚れるところしかありませんでしたので、こんなチャンスはそうあるまい。
入り口から入ると、観音様とのご縁を結ぶためにと、五色線なるものをいただき、左手に装備します。そしてお香を手につけ清めます。間口の狭い囲いをくぐると、そこには10mの高さを支える、観音様の大きなお御足。見上げれば、凛としたお顔の観音様。「でけぇ~」ボキャブラリーの乏しさを露呈する感想ですが、あまりもの凄さに、こんな陳腐な言葉しか出てこないんです。私は右のお御足をスリスリスリスリ…。
あまりよくわからないでしょうから、長谷寺さんのURL貼り付けます。
特別拝観を終えると、朱印所の列が伸びてたので並ぶことにします。こちらで御朱印は5種類いただけるようで、私はその中から基本の御朱印と期間限定 江戸期の復刻御朱印をいただきました。この限定御朱印、2020年末まであるそうです。
御朱印をいただくと、奥に別のお寺を発見しました。能満院とあります。こちら、長谷寺の塔頭というお寺になるようです。“とうとう”でなく、“たっちゅう”と読みます。へぇ、勉強になる。そんな塔頭寺院 能満院の御本尊は日限地蔵(ひぎりじぞう)。日を限って祈願すると願いが叶えられるという地蔵菩薩です。お隣には不動明王も祀られています。
能満院の御朱印はお地蔵様で。
まだ長谷寺行脚続きます。が、また長くなってきたのでダイジェストで。
愛染堂
開山堂
弘法大師御影堂
本長谷寺
長谷寺は花の御寺と言っときながら、花が一つも出てきません。この日の長谷寺はまだぼたん祭りの開催中でした。が、ボタンがだいぶ終わりかけを迎えていて。
ちょこっとだけ。
この先、もう一つのイベントがあります。大講堂で行われている長谷寺観音大画軸の公開。御本尊 十一面観世音菩薩の設計図として作られたというほぼ原寸大の大画軸。
高さ1,646.6cm、横幅622.6cm、重さは125.5kg。日本最大の掛け軸を公開されています。大講堂内を順路に沿って進むと、斜めに立てかけられた大掛け軸を高い位置から拝めます。しかし、ここでは写真撮影禁止。写真が撮れるのは、そこからさらに進んで、フラットな位置から。こんな感じでーす。
講堂内では、この掛け軸のセッティングの様子のVTRも上映。結構面白かった。
講堂の出口でも御朱印いただけます。掛け軸をモチーフにした朱印です。
いやぁ、予想以上に素晴らしいお寺でした。「この旅でどこが良かった?」って聞かれると、迷いなく「長谷寺‼︎」って答えてます。
つづく